2017年5月20日 (土)

小満の前日

二十四節気のひとつ、小満(立夏から15日目)は、明日ですね。今朝は、お昼時にかけて、気温30℃の中、畑へ・・・ sweat01sweat02

だれもいませんでした。下手に、勝手に手を出しては叱られるので、coldsweats01 野菜の伸び具合を見てきました。ジャガイモは花が咲いていました。ニンニクは、近くの畑仲間から、種球を分けてもらって、鱗片を植えて、無事育っています。タマネギは、葉が茂り過ぎて、一度、踏んで、葉をいじめましたが、うまく、結球しているのやら。

Hatake23

バラ屋(バラ生産者)さんの畑の周りのノイバラは、やや、見ごろを過ぎていました。でも、このとおり。蕊が、半分ほど茶色になっていたので、接写はやめました。

Noibara24

辺りの田んぼは、田植えが終わっています。カルガモさん夫婦が、暑いのに、日向ぼっこ・・・ 産卵、孵化がうまくゆかなかったのかな? ムナグロやシギの仲間の旅鳥には、会えませんでした。立夏から小満までの田植えが終わったところに丁度、南の国から到着して、採餌して、たぶん、もう、北国へ向かったあとでしょう。

Karugamo21

実をつけた梅の林の中では、野草もオオジシバリ(大地縛り)、また、(識別が紛らわしい)ハルジオンとヒメジョオンなど、いろいろ咲いていました。(これまた、紛らわしい)ヘビイチゴとヤブヘビイチゴはどちらも、よく似た赤い実をつけていました。

そして、これは、コヒルガオ(小昼顔)。

Kohirugao10

このあとは、来週、遠出の予定なので、いつものGSで満タンにして、ついでに、洗車して、帰宅のつもりが・・・

途中、うっかり、十字路で曲がらずに直進してしまって、それならばと、小満の(万物の気が天地に満ち溢れる)季節ゆえ、久しぶりに、一里塚に寄って、ムク、エノキ、ケヤキ、マツ、イチョウの大樹の下で、精気をいただきながら、ひとやすみしてきました。happy01

埼玉県内の日光街道で、唯一、いまなお残る一里塚です。日本橋から、たしか、5番目。道を隔てた西側のもう1基はいまはなく、片方だけ。でも、残っているだけ、すばらしい!

Gamounoichiriduka7

塚の上に建つ、火防の神を祀る小さな祠の愛宕(あたご)社。

Atagosha1

お参りをして、階段を降りたところには、お地蔵様や、成田山とだけ刻された石碑が建っています。この高さが昔の街道筋です。この地は、当市の綾瀬川沿いにあり、川向うは、草加市です。

Gamounoichiriduka5

このお地蔵様に刻されている文字は、享保壬?子三月・・・と読めました。享保壬子(みずのえね)であれば、享保17年で、八代将軍吉宗の時代に、建立されたことになります。wobbly 遠い昔、芭蕉がおくのほそ道へ向かう折、"漸(やうやう)草加と云宿にたどり着(つき)にけり"と記していますが、芭蕉と曾良がここを通ったのは、享保の年よりも、遡ること、40数年ということがわかりました。日にちは、新暦で、つい先日の5月16日のことです。

Gamounoichiriduka6

ほかにも、宝暦・・・と記されている碑には、奉供養十三佛禮・・・と刻されていまして、しらこばとは、カトリック信徒ながら・・・ coldsweats01 十三佛は、人が死して、此岸から彼岸(冥界)に行くとき、それらの御佛が、地獄か天国行きかを審理し、初七日から七日ごとに、入れ替わり立ち替わりして、裁判官を務めるのだそうな・・・ 中には、閻魔王もいます。

話もかなり、寄り道になりましたが、ついでながら、先日、知人の四十九日に参列しましたが、お坊さんが、七七忌(四十九日)で、とりあえず、冥界に入るとのご講話を聴いたばかりでした。

そのあとも、百か日~33回忌に至るまで、審理されるそうな。仏教徒の方々は、此岸で、悪しきことはしてはなりませぬぞ。

その点、カトリックは、すべてのものが許されて、神のもとへ、すぐに行けまする。 ♰ happy01

ともかく、小満のこのよき季節、精気も鋭気も養ってくださいませ。

いつものことながら、なんとも、こんな記事となりました。coldsweats02

2017年5月15日 (月)

母の日のバラ

昨日は、母の日でしたね。

今年も、タイミングよく、咲きました。「ブルームーン」です。shadowさんが、母の日に、「自分で自分に買ってきたの」と笑いながら、花瓶に活けていたので、その1本を挿し木してあげて、20年・・・ sun cloud rain snow sign04 sign04

バラには青色の遺伝子がなく、現在の青いバラは、遺伝子操作で、サントリーが作出していますが、この花は、50数年前に、ドイツのタンタウ社によって作出された、剣弁咲きの”藤色”で、夢の青いバラにやや近い色のバラでした。

Bara1103bluemoon

まだ存在しないときから、”青いバラ”の花言葉は、”不可能、叶わぬ望み”だったそうです。でも、今では、”青いバラ”が誕生して、”奇跡、夢叶う、神の祝福”という言葉を与えられたそうです。この「ブルームーン」も、ともに、同じ花言葉。happy01

先日、掲載した「デライト」も、shadowさんが、「国際バラとガーデニングショウ」で、選んだのでした。雨に濡れたところで、また、撮ってみました。デライトとは、Delightで、意味は、”歓喜” smile

Bara111delight

年年歳歳花相似 歳歳年年人不同(年々歳々、花相似たり、歳々年々、人同じからず) 唐代の詩人、劉希夷の「代悲白頭翁」の一節

2017年5月11日 (木)

遊行の門

かの著名な作家、五木寛之氏によれば、古代インドでは、人生には、「学生(がくしょう)期」、「家住期」、「林住期」、「遊行(ゆぎょう)期」という4つの期があるという考えがあったとのことです。しらこばとは、最後の、”遊行の門”に立っていると自覚しています。

まだまだお若い方には、今朝ほどの”今日の名言”も関係ないことかもしれません。それはそれで、華やかな未来があると思って、すばらしい人生を過ごしていただきたいと思います。

ところで、ご両親のどなたかを、老人ホームに預けるのが忍びないと記されているブログも、おひとりではなく、しばしば、拝読してきました。でも、どのような形であれ、それも、よき選択肢のひとつかと思いますよ。ご本人にとって、よき環境を与えることがなによりでしょう。

かく言う、しらこばとも、まだ、多少は元気ですが、いつまでも、ひとりで買い物に行き、自分一人だけの料理を作って(正確には、ストッパーがいないので、beerbarup、ただし、血糖値が心配なので、bottleはなしですけれどcoldsweats01)、また掃除、洗濯もしていますが、ネットで、調べていて、いま、とある、しらこばとにとっては理想郷?と思しきところを探し当てました。来週あたりに、現地を見学に行こうと思っているところです。でも、たくさんのおともだちがいるので、ご意見を伺いながら・・・ happy01 優しい息子夫妻がいますが、迷惑はかけたくないのです。

人生のロスタイムの過ごし方は、自分で決断できるうちに、しようと思っている、しらこばとです。happy01

2017年5月 8日 (月)

暦の上だけの初夏なれど・・・

当地では、このような、最高気温28℃にもなりました。これは、ピークの15時頃の寒暖計の表示です。

この寒暖計は、和室に、何十年?、下がっていたことか。今は、居間に、デジタルの温湿度表示計があるので、外気温を観るために、物干しに、ぶら下げています。

昔懐かしい、これは、水銀ではなくて、赤い液体(白灯油に赤い色素を混ぜたもの)の寒暖計です。

Kion1_2

この下へは、スズメさんとキジバトさんが、代わる代わる、餌を求めてやってきます。餌は、飼育鳩(伝書鳩=レース鳩)用のエサです。

Suzume8_2

スズメさんも、シジュウカラのように、黒いネクタイをしていますね。

植木鉢の木は、畏れ多くも、熊野三山の速玉大社で、ご神木(ナギ)の10cmほどの苗木をいただいて、いまでは、2m以上に育っています。

葉脈が、縦に並んでいて、引っ張っても、切れません。縁も切れない、お金も切れてなくならないとのことで、育てましたが、はてさて・・・ ご利益があったのか? coldsweats01

Nagi3_2

2017年5月 3日 (水)

ゴールデンウィークの中日

9連休中の方には、中日ですね。ゴールデンウィークではない方々の記事も拝読しています。その方々には、”お疲れ様”です。しらこばとにも、そのような時代もありました。

いまは、幸い?、毎日が日曜日ですが・・・ といっても、年金生活です。coldsweats01

ところで今日は、畑、白鷺のねぐら(コロニー)、地元の氏神様の藤まつり、市の植物園を巡ってきました。

まずは、藤まつりの様子です。

平安時代からの由緒ある”久伊豆(いさいず)神社”です。

この鳥居は、10年前の伊勢神宮の遷宮撤去の際の廃材で再建された鳥居です。

Hisaizujinja15

そして、この鳥居のすぐ先にある藤棚・・・といっても、樹齢、200数十年の藤です。今年は、例年になく、長~い房を観ることができました。長い間、五尺藤(1尺はおよそ30cm)、つまり、花房が1.5m・・・ 久々に、まさに、その長さでした。

Fuji10hisaizujinja


Fuji11hisaizujinja

樹齢、200数十年の重みを感じます。藤棚は、20m X 30mほどもあります。

Fuji12hisaizujinja

ここ、越谷には、徳川家康が築造したといわれる、越谷御殿がありました。家康が、検地を兼ねて、趣味の鷹狩でしばしば訪ねていて、築城したのだそうです。残念ながら、江戸時代の振袖火災の復興のため、江戸へ移築されて、いまは、名残はありません。

でも、この神社には、立ち葵のご紋が、いまもなお許されています。

Hisaizujinja17

シラコバトは、当時、鷹狩の狩猟目標であったようです。そして、シラコバトは、どういう経緯はわかりませんが、欧州からアジアには、ふつうに見られる鳥で、移入されたのではないかと、しらこばとは思っています。そこで、越谷だけで生息していて、しらこばとが移転した昭和45年のころは、庭でも、見かけていたものですが、あちこちで、餌場の養鶏場が無くなるにつれて、周辺の地域に移り住んでしまいました。

最後に、いまでは、”旗日”という言葉は、死語化しつつありますが、今日は、”憲法記念日”でしたね。やはり、神社では・・・

Hisaizujinja16

2017年5月 2日 (火)

夏も近づく八十八夜~

今日は、その日でしたね。

半世紀以上もの昔、お茶と温泉で有名な、九州の嬉野温泉(家にも温泉が引かれていました~spa)に、1年、住んで居いたことがありました。遠戚の嬉野の茶畑を兄弟で訪ねたとき、茶畑は、小高い山の上にありましたが、おばちゃんが、「よう、上がって来んしゃったね。手を広げんしゃい」といって、なんと、砂糖をスプーンで一杯ずつ、いただきました。砂糖や塩が貴重なころのこと。delicious 当時、しらこばとは、超一流の大学を目指しながらも、浪々の身・・・ coldsweats01、それも、よき思い出。その結果・・・? 夢叶わず、地元、九州の、とある大学に進むことになりましたが、そこで、すてきな人heart02と出会いましたとさ。そして、しらこばとの今があります。いろいろなことありて、今日のわが身かな・・・

この前には、広々とした茶畑が広がっていました。4兄弟で、しらこばとのすぐ下には、もうひとり、建設会社(鹿島)に勤めた弟がいました。京都の建設現場の飯場(はんば)には、学生時代、しばしばお世話になりました。み~んな、よき想い出です。

Kyoudai1

おかげさまで、兄弟4人、健在です。茶畑の跡取りだった人も、そして、そのころ、淡い恋heart02をした人とも、いまなお、交流が続いています。happy01

2017年5月 1日 (月)

今日は、晴れたり降ったり曇ったり・・・ あれっ?、40年ほども昔の森昌子の歌のタイトルでした。ご興味とお暇がある方は、最後のYouTubeの画像をクリックしてください。happy01

そんな天気で、出かけることはかなわず、それならばと、一昨日、駅ビルの八百屋さんで見つけて、買ってきていた筍(たけのこ)を茹でましたとさ。皮を剥いて茹でれば、圧力鍋で短時間なれど、暇なので、深鍋で40分ほど、くつくつと茹でました。もちろん、ぬか漬け用のぬかも、畑で作った鷹の爪も入れました。縦に包丁を入れて・・・

Takenoko6

皮を剥くと、半分ほどの大きさになりました。ひとりものには、これで、十分。coldsweats01

Takenoko7 まな板は普通サイズです。

これから、たけのこご飯と、酒のつまみでも拵えて、旬(しゅん)を味わいます。

筍を 三日くらひて 飽かざりき happy01 石田波郷の句(季語は夏)

ところで、たけのこは、竹かんむりに、旬と書きますが、”しゅん”ではなく、10日を表す”じゅん”なんですよね。筍は、ご存じのように、成長が早く、1旬(10日)もすれば、竹になるからとのこと。

なお、孟宗竹は100年以上もの寿命があるそうです。さて、その若いお命をいただきま~す。delicious

”今日の名言”のような歌詞で~す。happy01