のんびりと
片岡鶴太郎さんの”のんびりと”と書かれていて、かたつむりが描かれた色紙が、妻の友人、M.M.さんから贈られてきました。かたつむりにはこの花と思い、まだ緑色の紫陽花を花瓶に活けて撮りました。
親と見え 子と見ゆるあり かたつぶり 大祇
片岡鶴太郎さんの”のんびりと”と書かれていて、かたつむりが描かれた色紙が、妻の友人、M.M.さんから贈られてきました。かたつむりにはこの花と思い、まだ緑色の紫陽花を花瓶に活けて撮りました。
親と見え 子と見ゆるあり かたつぶり 大祇
近所の谷古田河畔緑道で、昼顔の花が咲いていました。どこでも、見かける花です。たくましい生命力で、はびこっています。昼顔には、ヒルガオとコヒルガオがありますが、その見分け方は、その名のとおり、ヒルガオの花が大きく、コヒルガオが小さいのと、葉の形状が少し異なりますが、それだけでは、同定は難しく、一番の違いは、花弁のすぐ下の花柄に、翼(よく)という板状のギザギザがあるのがコヒルガオで、ヒルガオには、ありません。もうひとつは、花弁の基部を覆う ふたつの包葉の先が尖っているのがコヒルガオで、丸みを帯びているのがヒルガオです。
昼顔の咲きのぼる木や野は広し 中村草田男
卯の花(ウツギの別称)の咲く季節になりました。我が家では、小さな鉢植えの梅花空木が咲いています。純白の清楚な花です。山野に自生しているバイカウツギ(ユキノシタ科バイカウツギ属)は、4弁花だそうですが、これは、1本の木に、4~6弁や八重の花が混在して咲いているので、セイヨウバイカウツギの園芸品種と思われます。

ヒメウツギ(ユキノシタ科ウツギ属)も栽培していますが、なかなか、花芽がつきません。以前、咲いたときの写真を掲載します。
松尾芭蕉の「おくのほそ道」には、”卯の花をかざしに関の晴着かな”という同行の曾良の句があります。”この白川の関では昔の人は晴着を着てこの関を越えたというのになにも持ち合わせない身では、卯の花をかざし(髪にさす花)にでもしましょうか”という意味でしょう。
近所で、ツバメの巣があるのは、いまでは、ここだけと前々から知っていたお宅でしたが、たまたま、ご主人が玄関先に出て来られたので、ご厚意に甘えて、撮らせていただきました。玄関の屋根の下で、巣のすぐ下には、糞よけの板を張って、さらに、下のタイルには新しい新聞紙が敷いてあって、大事に見守っておられることがわかりました。巣から雛たちが顔を出して、親鳥が、せわしなく1、2分おきに運んで来る餌をもらっていました。ご主人のお話では、孵化したばかりのときは、しばらくとどまって、給餌をするそうですが、雛がこの大きさになると、給餌は一瞬で、すぐに、また、採餌に飛んで出るとのこと。そんなわけで、親鳥は、ブレブレノの写真になりました。あと、1週間ほどで、巣立ちするとのことでした。
燕(ツバメ)は、春の季語ですが、
来ることの嬉しき燕きたりけり 石田郷子

空中給油ならぬ空中給餌の早技
これもまた、春の詩歌ではありますが、
海潮音 上田敏訳 の冒頭の訳詞でもあります。
燕の歌
彌生ついたち、はつ燕、海のあなたの靜けき國の 便りもてきぬ、うれしき文を。春のはつ花、にほひを尋むる あゝ、よろこびのつばくらめ。黑と白との染分縞は 春の心の舞姿。 原詩作者 ダンヌンチオ
畑に種まきに行きました。周りの田んぼで、1羽のアマサギを見つけました。今年は初見でした。田の畦を歩いて、近づきながら、撮りましたが、この1枚を撮ったところで、逃げられてしまいました。夏羽は、一部が、亜麻色なので、この名が付いています。コサギよりも少し小さい鷺です。
”亜麻色の髪の乙女”(作詞/橋本 淳、作曲/すぎやまこういち)の歌詞、
亜麻色の 長い髪を 風が やさしくつつむ 乙女は 羽根のように・・・ ![]()
にもありますが、外国人ならずとも、いまどきは、こんな亜麻色の髪の娘さんも街でしばしば見かけます。
以前、近距離から撮った1枚です。
ヒメヒオウギアヤメが、繁茂して、花がたくさん咲いています。南アフリカ原産のアヤメ科アノマテカ属の多年草です。属名のアノマテカとも呼ばれているようです。花の径は25mmほどです。白花もあるそうですが、まだ、見たことはありません。
ヒメではないヒオウギ(檜扇)は、墨田区にある向島百花園で、真夏に見たことがありますが、属が異なり、アヤメ属の植物で、花の径は、5cmほどです。草の葉の生え際が、檜扇の要(かなめ)の上の重なる板の形に似ているので、この名が付けられたようです。
アカネ科ハクチョウゲ属の仲間です。ハクチョウゲは、白い小さな花をつけ、生け垣などで目にしますが、この香丁木は、矮性で、盆栽(または、ミニ盆栽)に適した木です。挿し木をするとすぐに根付きます。
根上がりに仕立てた香丁木
東京スカイツリーの開業日は、残念ながら、天候に恵まれませんでしたが、翌日、23日は、快晴。思い立って(と言っても、越谷からは、東武スカイツリーラインで30分)、撮影に出かけました。
左のビルは、東京スカイツリータウンのイーストタワー
これは、2010年8月、高さが408mだった日、下町らしい通りから撮った1枚です。
そして、同じ通りですが、高くなったので、ポイントを変えて、23日に撮りました。
臨時の雷門前行きのバスに乗って、浅草へと回って、浅草寺の雷門の前で撮った1枚
右は、浅草寺の本殿前の宝蔵門(仁王門)
ユキノシタが咲いています。マクロで撮影してみました。花径は1cmほど。名前の由来は、諸説あるようですが、花を雪に見立てて付けられた説がふさわしい気がします。薬草ですが、山菜としても、葉は、天ぷらや和え物で食べることができます。ダイモンジソウとよく似ていますが、どちらも、ユキノシタ科ユキノシタ属で、同属の植物です。
久伊豆神社(越谷市越ヶ谷)へ参詣に行きました。越谷の鎮守の杜は、若葉の香りに包まれていました。写真の鳥居は、参道の第三の鳥居です。1993年、伊勢神宮の遷宮で解体された内宮板垣南御門が下げ渡され、翌々年、復元建立されたものです。http://homepage3.nifty.com/shirakobato-network/famous/hisaizu.html
”ひさいず”神社ですが、”くいず”とも読み替えて、一時は、クイズマニアが参詣に訪れていたとか。本殿からは、ご祈願の太鼓が響いていました。
新緑の杜を動かす太鼓かな 功雪

手水場の辰の口。
本殿に向かって、右手にある力石です。上面には、五十貫目(187.5kg)、天保二年(1831年)四月吉日、三ノ宮卯之助これを持つと刻まれています。三ノ宮は地名で、現在の越谷市三宮。卯之助は、力持ちで、日本一になったことがあるそうです。http://homepage3.nifty.com/shirakobato-network/famous/unosuke.html
珍しい親子の狛犬(こまいぬ)です。奉納されたのは、文政十年と刻されています。1820年、小林一茶が没し、西郷隆盛が誕生した頃です。なお、この神社の創建は古く、平安時代中期といわれています。
第二鳥居のすぐそばには、昭和17年に、平田篤胤研究会が建てた高さ2mほどの歌碑が建っています。詩人、英文学者の土井晩翠(どい ばんすい)の歌で、「気吹の屋 いつのみ霊の 宿れりし あとなつかしき 越ヶ谷のさと」と刻されています。土井晩翠は。あの有名な「荒城の月」の作詞者です。気吹の屋:神様が、罪やけがれを祓(はら)う場所 いつのみ霊(たま):日本書紀に登場する神様
気吹は、いぶき(古代は、いふき)と読みます。この久伊豆神社の境内には、安永5年(1776年)に秋田で生まれ、のちに、江戸に住み、国学に専念し、文化元年(1804年)に国学塾を開いた平田篤胤(あつたね)の仮寓の屋があったとのこと。平田篤胤頌徳歌にも「気吹、いぶき」が詠まれていますし、気吹舎(いぶきのや)と号していたので、それらを踏まえて詠われたのでしょう。
境内には、シャクヤクの花壇がありますが、この数年で、株数が増えて、紅紫、ピンク、白色の花がちょうど見頃でした。
この花壇のあたりには、かつては、鶏舎がありました。そこで、鶏の餌を目当てに、シラコバトがたくさん集まっていました。いまは昔、懐かしい思い出です。
庭では、初めて見つけた蝶です。タテハチョウ科で、開張は、5cmほどです。帯模様が「三」の字に見えます。1cmほど大きいミスジチョウよりも小さいので小三條(すじ)という名が付いています。飛んでいるのは、目にしたことがありましたが、嬉しい初撮りです。
五月晴れの下で出逢った花や鳥です。
この花は、高木のユリノキの花です。英名は、チューリップ・ツリーで、その名の方が、似つかわしい花です。上野公園の東京国立博物館の前庭には、4月にご紹介した桜とともにシンボル・ツリーとなっている樹齢130年ほどのユリノキの巨木があります。明治の初めに届いた30粒の種から芽生えた1本だそうです。そのとき、日本ではユリノキと命名されたのだそうです。
ヤマボウシの花も咲いていました。いまでは、外来のアメリカヤマボウシ(ハナミズキ)の方が街路でも公園でもよく見る木ですが、こちらが日本の山に自生している木です。

池の岸辺では、キショウブ(黄菖蒲)の花が咲いていました。西アジアからヨーロッパ産の外来種で、明治の頃、渡来して、各地に広がったのだそうです。
先日も掲示しましたが、モミジの翼果(種)が真っ赤になっていました。

チュウサギは、今日も数羽見かけました。これは、大きな餌を飲み込んでいるところです。レースのような飾り羽が日の光に輝いていました。
我が家では、これが最後のバラ、”デライト(delight?)”が咲き出しました。ミニバラ以外では、唯一、自分で買ったものです。今年は、いま、西武ドームで「国際バラとガーデニングショウ」が開催されていますが、数年前に出かけて、求めました。禅ローズ(ペレニアル社(流山市))作出のバラです。芳香が香水のようで、いい花です。
いまは、すっかり、畑仕事は友人にお任せで、収穫だけさせてもらっていますが
、枝豆、ナス、トマト、トウモロコシ、葉物などが育っています。

畑の法面では、ノイバラが今を盛りと咲き誇っています。この茂みの中で、セッカのヒッヒッヒッ、キジのケッケーと鳴く声が聞こえましたが、どちらも姿は見えませんでした。天空では、ヒバリ(揚げ雲雀)がさえずっていました。
畑のじゃがいもに花が咲いていました。星形の5弁花で、雌しべを囲むように雄しべの黄色の葯があります。花の色は、品種(男爵やメークインなど)によって、紫、赤、白とさまざまだそうです。この花の姿形は、ナスやトマトとよく似ています。というのも、いずれもナス科ナス属で、同じ仲間の植物なのです。
以前撮ったナスの花です。
萼に毛がありましたので、オオムラサキツユクサとしておきますが、ムラサキツユクサかもしれません。また、両者の交雑種もあるそうなので、同定は難しくて、できません。初夏から秋にかけて、長い間、咲いていますが、ひとつひとつの花は、一日花です。
鉢植えのサツキが開花しました。この花の品種は、この季節にふさわしい”薫風”です。2000品種以上もあるといわれ、花柄が多彩なサツキですが、これは、比較的、地味な花ではあります。マルバツツジ系で、葉が、楕円形に近く、先端が(すべてではありませんが)丸くなっています。

満開になった”薫風” 5月20日
道路の植え込みやマンションなどの生け垣でよく見かける紅いサツキは、たいてい、萌芽力が強く、葉が密生する”大盃”という品種です。
見慣れた”大盃”を撮ってきて、よく見ると、雌しべが意外にも長いことに気づきました。雄しべは、ほとんどのサツキ同様、5本です。上記の”薫風”は、マルバツツジ系で、10本です。
川口市営植物取引センターの日本庭園では、カルミアの花が咲き始めていました。明治の終わりに、当時の東京市長が、アメリカへ桜を寄贈して、その返礼に、ハナミズキ(アメリカヤマボウシ)が贈られて来たのは、有名な話ですが、その後、このカルミア(アメリカシャクナゲ)も届き、いまでは、いずれも、日本庭園でも違和感のない存在です。花は、五角形のお椀のような形をしています。
川口市営植物取引センターの一画に、日本庭園(見本園)があります。さすがに、植木の一大流通拠点だけあって、銘木と銘石で造られていて、よく手入れされています。その中の枯流(かれながれ)の岸の銘石の上で、ひと休みしているハシボソガラスです。烏もこれなら、絵になると思って、シャッターを切りました。初夏の日差しの中で、まさに、烏の濡れ羽色(青みを帯びた艶のある黒)でした。カメラでは、微妙な色は、表現できていません。
秋に越冬地の南の国へと旅立ったチュウサギが、帰ってきました。すっかり、夏羽になっていて、嘴は黒くなり、背にはレースのような飾り羽があります。田んぼの代かきの耕耘機のすぐ後ろを数羽で付いて回って、土の中から浮き上がってくる餌をついばんだりしますが、もう、代かきは終わっていて、その光景は見ることはできませんでした。

遠目には、ダイサギと区別がつきにくいものですが、口角の切れ込みが、目のすぐ下で止まっています。
チュウサギ(夏羽)
ダイサギは、目よりも後方まで切れ込んでいます。
ダイサギ(冬羽) 2011/10/13撮影 (夏羽では、嘴は黒くなります。)
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